2007/03/28 日本のTVでも放映されていましたが、マニラ市内の幼稚園経営者が自らの園の遠足バスをバスジャックして、フィリピン政府に教育改革を強要した。


結果犯人2名は投降し逮捕、ひとりの怪我人を出す事も無く終了しました。
私達日本人には不可思議な行動ですが、真に自国を憂いた人達の止むに止まれぬ行動と、現地ではむしろ犯人側に同情の声も上がっていたそうです。
人質とされた園児の親からも同情を含め、大きな非難も無かったとのことです。
逮捕された犯人等は今後どの様に扱われるのでしょうか?


因みに小学生ひとりあたりの教育コスト(教材及び経費)は1年間で約1万円強です。
これすら支出が苦しい貧困家庭が多いとのことでした。


この件をきっかけにして、フィリピンでのボランティア活動に一石を投じようとしている私の知人のブログを、承諾を頂き掲載します。
フリピンの実情への一意見、ボランティア活動に対する一意見として如何でしょうか?
あくまでの一個人の意見としてお読み下さい。
是非読者の皆さんの声も聞かせて頂ければ幸いです。

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フィリピン共和国の腐敗と貧困の解消は教育制度の改革しかありません。しかしこの大上段に構えた正論を成し遂げる為に、今やらなければ成らない事、今出来る事、そして私達日本人が関与できるか否か、それを知ることが大事と考えます。


フィリピン共和国が歴然とした階級社会であることは周知の事実です。階級の下の者は同じ人間ではありません。この点について上の階級の人間は一抹の疑問を持ちつつも、都合の良い現状を積極的に改革はしませんし、また下の階級の人間も、理不尽である事を感覚として知ってはいても、多分諦めているのだろうと思います。


フィリピン人の価値観を司るカソリックが、フィリピン共和国のあらゆる矛盾の源であることは、フィリピン共和国を外側から見る私達には一目瞭然ですが、フィリピン国内にいるフィリピン人には見えないか、若しくは見たくないかなのでしょう。持てる者が今ある特権を維持する事と、持たざる者が今ある苦悩からとりあえず逃げる術としては、フィリピン共和国専用カソリックが最も重宝であることが悲劇なのです。


フィリピン共和国の学校教育において特筆すべき事は、歴史と地理が外されていることです。すなわち自国を客観視する事が出来ない、自国を他国と論理的に比較する事が出来ない、カソリックが価値観の根本を占めるので、愛国心すら創造出来ないのだろうと思います。


愛国心の無さも、為政者御都合カソリックも、教育制度の不備も、全てスペイン統治300年間の残滓ではある訳ですが、そろそろ目覚めるべき時期が来てもよいのではないかと思っています。


愛国心があると自認するフィリピン人からは、大きなお世話と言われそうですが、私達日本人の中では少数派とはいえフィリピン人共和国が好きな者として、手前味噌であっても具体的な行動をとることが大切と思います。


ボランティア活動については総論として語れば、ネガティブな意見が出ることも、また過去に積極的に参加していても、結果砂に水を捲くような徒労感に虚脱してしまった方がいらっしゃることも承知しています。
そうであっても、たった1枚のクッキーからでも良いから始めることです。たった1個のキャンディーでも良いから継続すべきだと思っています。
それらがやがて、教科書の無料配布や、学校の設営、教師の派遣と、徐々に大きく育っていくことの可能性を見出すと信じています。


極論でしょうが、フィリピン共和国の自助努力を期待すると、その手段は革命とかの極端な方法を取らざるを得ないと思いますし、奇麗事で人間の素にある知性に任せるなどとした日には、それこそ50年100年の時間が必要な話になってしまうのでしょう。


フィリピン共和国が好きである者のひとりとして、自分の信じるやり方でボランティア活動は続けていきたいと思います。
ひとりでやるも好し、仲間を募るも好し、何よりも大切な事は具体的なアクションと、細くても良いので継続する事が肝心と思っています。


本当はこんな知ったかぶった自説を書くよりは、黙々と活動を続けているむしろ大多数のボランティアの人達の様にすべきなのかもしれませんが、この掲示板から賛同者、具体的な行動に進める賛同者が、ひとりでも現れることを希望して書きました。


黄河の様な大河の始まりも、一滴のしずくからですものね。