2026年年賀状
令和8年の年賀状(皇紀2686年、西暦2026年、昭和100年)
ここ十年位、年賀状は新年三が日に頂いた方々にのみ年賀状として送らせて頂いています。
60歳と61歳の時に続けて大病を患い、余命宣告も繰り越して今やボーナスタイム突入している身として、義理を欠く事に無頓着になってきました。
今年は午年で年男ですし、ヒン好く(上品)生活していこうと革めて誓ってはみたものの、元来が極楽蜻蛉な私には如何かなと自問自答です。
まぁ、むさ苦しいジジイにだけは成らない様にと思っています。
相変わらず、ひとり旅は続けています。この2月の初旬に既に30回位は訪ねた沖縄に1週間行ってきました。那覇3泊、胡屋(嘉手納基地)3泊です。
ヘビースモーカで大風呂大好きな小生はいつでもホテル探しに難儀するのですが、那覇と胡屋には定宿もあり国内では最も気楽なデストネーションです。
馴染みのライブハウスで20歳代前半の米兵のグループと仲良くなって、ビールをご馳走に成りました。子供よりも孫に近い兵隊さん達です。しかも米軍、ある意味世界で最も好戦的な国です。防衛大学校でも自衛隊でも若い人達の立ち振る舞いに思うと、涙が出てきます。古希を過ぎたジジイが孫に近い異国の兵隊さんにビールをご馳走になった。
なんかぁ、感動モンと言うか、呆気にとられたと言うか、訳分らん。
長崎のロシア美人2
そう言えば、壮絶金髪美人で思い出したが、アメリカンゴッドタレントに出演していたストーム・ラージをもう少し肥えさせた様なロシア美人です。年恰好も近しい。
2月24日(下旬)にウクライナに侵攻開始したロシア軍も、この5月9日の軍事?記念日を目指して難攻している様子だが、西側発表では既に総軍事力の25%を喪失していてとの事、だが西側もロシア側もプロパガンダばかりでその情報の信憑性に疑義を持たざるを得ない。しかし検証の術を持たない一市井人は、その暗黒面の風を感じるだけで何が何だか理解できないままに流されて行くのだろう。
大きな胸を僕の顔に押し付け、禿げ頭にキスしてくれたこのロシア美人はどうするのかなぁ~、ロシア政府(プーチン)は10人の日本大使館員の強制退去を発表していた。航空機の乗り入れも事実上中断されたままだし、彼女は帰国できるのかなぁ。
長崎のロシア美人1
長崎での最後の夜、ホテル近くのバーで40歳代半ばの白人女性に出会った。
アルバイト従業員との事で、コロナ禍で帰国出来ずにいたらウクライナ侵攻でますます帰国できなくなったようだ。
私が店に入った時に70歳前後の3人の日本人男性グループが先客でいたが、この客の接客をしていたが、どうも彼女がロシア人との事で大きくは無いが罵倒された様だ。
私に付いた時には心なしか元気が無いというか、空元気というか、そんな風情だった。プーチンの強制代理人に指定されてしまった様だ。
ママ(経営者?)はラテン系の明るいシャキシャキの30代半ばの女性で、最初はカウンターの中にいたのだが私の隣にきて、先客と同じ様な年代の私にインフォメーションを入れてきたのか、釘を刺しにきたのか、件の彼女は日本語もたどたどしいのに日本語で政治論や愛国心を問う様な事をしたらしい。日本語と英語ならばどちらが好いかを問うとまだ日本語の方が得手らしいとの事で、日本語と私のインチキ・ロシア語で会話した。
170cm程度の私より10cm程度身長が高く、体重は同程度で猛禽類の様な鋭い容姿の壮絶金髪美人なのだ。彼女が20歳前後に逢いたかったものだが、その時は私の相手なんかする必要も無いはずだが、彼女の年齢から想定するに人格が未形成であろう10代の頃に、ソビエトからロシアへの政変があったので、政治の恐ろしさや政体や政治家のご都合主義に対する嫌悪はウクライナにもロシアにも同等に持っている筈だ。
私は30歳代後半にロシア・ウラジオストックで王立(国立?)大学の大学院の日本語専攻の学生の中でも特に優秀な20名に日本国刑法と民法を日本語で一般教養程度の精度で2年間教えていた。これも私の会社がウラジオストックに進出した際に宣伝行為(売名行為)の一環として行ったのだが、その時はソビエトからロシアに変わり10年程度経っていたが、その混乱の余波がまだまだ感じる時期だった。
パンダの徒然日記
今回の長崎旅行、前回は20年前か30年前かすら思い出せないので、初めてと同様です。
初日は移動の関係で諫早駅前で一泊し、翌日は島原鉄道で島原に向かいました。
ホテルを出た時から怪しかった空模様も島原駅到着時には小雨になっていました。
この島原では湧水と桜を楽しむ予定でしたが、思ったより島原鉄道の約1時間の旅がつまらなく、テンションダダ下がりでしかも小雨、歩くのも億劫なのでホテルにチェックインとも思いましたが、まだお昼になったばかりの時間でフリーアーリチェックインは無理と思い、駅前の床屋で頭丸刈りと髭剃りを2600円で依頼し、アーケイド通りに行き傘不用の散歩を楽しみサラマンジェで遅めの昼食にしました。
この店狙っていた訳では無く偶然前を歩いていたのですが、素晴らしい音でJAZZが外にまで微かでしたが聞こえていたので思わず足を止めたところ、ランチサービスをやっていたので何気なしに入ってみました。音源こそデジタルになっていましたが、スピーカーが素晴らしくアナログで聴いてみたくなるような店で、以前はライブもやっていたとの事、年恰好僕より2~3歳上のマスターから色々島原のミュージックシーンを聞いていましたが、マスターが東京在住の学生の頃通い詰めたジャズ喫茶が水道橋のスィングであり、JAZZとの出会いが僕と同じで若気の行ったり来たりで格好から入ったとの事、マイルスのトランペットではなく、マイルスの格好良さから入ったと、嬉しくなっちゃう話で盛り上がりました。
ついでに日帰り温泉でもと思ったところ、直ぐ近くにあるが今日は定休日との事で、今夜の飲み屋で好い処を教えて頂き、ホテルに3時15分前にチェックインし肌寒かったので風呂に浸かりベッドでウロウロし気が付いたら午後8時頃になっていました。
昨夜の諫早同様またラーメンで騙され、普通の中華そばが食べたいとブツブツ独り言を言いながらサラマンジェのマスターから仕入れた、ホテルから徒歩5分程度のスナック七万石に行きました。小雨は傘が要らない程度にはなっていました。お店は僕より少し先輩のお姉さんと、僕より大先輩のお姉さんの二人で廻していましたが、このお二人が黒のベストと蝶ネクタイで宝塚の男役の様なクールビューティな方で、店内もオーセンティックなショットバーみたいで、ワガママ客代表見本の喫煙・カラオケ・ビール(ヘビースモーカ・ヘタクソマイクハナサーズ・ビール以外の酒飲めない)と僕のワガママ三条件を気軽にOKしてくれたので、他のお客さんがいないので大好きなアメリカンオールディーズを大声で歌いまくりました。
小一時間もすると地元の10名弱の団体客が入ってきたので、気遣いのつもりで初めは北島三郎や田端義男を唸っていたのですが、途中レイチャールズを入れたところ、思いの外好評だったので気を好くし、団体客の歌を邪魔してもイケナイので退散しましたが、勘定したところ想定の半分程度にしかならず、申し訳なさもあり少しチップを置いてホテルに戻りました。途中のファミーリマートでモカコーヒーと煙草を仕入れてその日は色々あったのですが、結果として幸せ気分のまま就寝しました。
パンダの徒然日記
明日は島原鉄道で島原に行きます。
清水と桜を楽しみにしています。
今夜は島原駅前の小さな飲食街で夕食をとりました。
料理のお味はともかく、お水(お冷)が美味しいのにビックリ。
これなら明日のホテルの朝食の味噌汁やお茶に期待が持てそうーです。
数年ぶりに投稿してみました。
昨年の8月末日で開業40周年を迎えたのを機に、
業界を退会しました。
資格は生涯有効ですが、業界の名称使用ができなくなります。
2020年の1月の業務いらい、電話やメールの無料相談ばかりで、
その無料相談も2021年の初夏から無くなりました。
私達のような面談が当然な業務の場合、メールから始めても、
依頼者の身元確認もあり、面談無しで業務が始まる事はありません。
飲食業や旅行業にのみ何らかの救済処置が処置がとられているのに、
一般小売業や私達の様な俗に言う先生商売の方々はどーしているのでしょうね。
毎月の様に一人旅・旅行ばかりしています。
ワクチンも積極的に接種し、航空便搭乗前には必ずPCR検査を受けて
人様に迷惑を掛けない様にもしました。
羽田空港の木下グループの2200円のPCR検査なんて何回受けたことか、
カードサイズの陰性証明書がトランプができるほど集まりました。
9月と12月にはそれぞれ1週間ほどの東南アジアの航空券も購入済みです。
今回久しぶりに自分のこのブログを閲覧しました。
ずーっと放置状態のままでしたが、読み返してみて、
当時の自分を顧みるのに重宝だなと思い、
自分の為の公開日記と割り切って、綴ってみました。
自分用「徒然日記」を始めてみます。
フィリピン 弁護士(1)
仕事柄知り合う弁護士の数は多い。
日本国内はもとより、今まで米国・中国・韓国・ベトナム・タイ・シンガポール・カンボジア・そしてフィリピンと数カ国の弁護士と、この35年間に協働してきました。
日本国内での業務の場合、私は行政書士であって弁護士ではないので、解決を目指す事件の内容と手段によっては、代理人として相手側弁護士と協議することは、問題が生じる場合がある。
但し、相手側が当方からの申し出を承知する場合はその限りではありません。
若しくは、紛争性を有しない和解協議等や、契約締結やその他法律文書作成上必要な協議等、一定の条件が叶う場合は、有効な代理人として何等問題無く代理人として協議します。
現実の問題として、弁護士法の職域上のトラブルは35年間の業務の内、一度もありません。
相手側も代理人を出す以上は、どこかに着地点(妥協点)を見出したいのだし、代理人としても依頼人の利益の最大化実現の中には、時間や事件内容の究明も含まれるので、事件解決に関与する人間の能力の方が重要だからだと思われます。
海外の場合はどうだろう。能力と言う点でまず言葉の問題がある。その国の法律の解釈、特に判例解釈の深度の問題がある。裁判所等その国の官公署の手続き実務の実績の問題がある。事実上お手上げ状態です。
当事務所(JIS渉外法務事務所)が35年間にわたって業として継続できた理由がここにありまする。
現地弁護士事務所といかに有功に協働していくか、時間と費用をいかに有功に使うか、事件処理の目的を明確にして、その目的点の現実性を推し量る。
海外で行う行政・司法手続きの現実的解決手段を、依頼人に的確に説明できるかが渉外法務事務所の第一次使命と思っています。
そして納得して頂いた方に、業務としての委託を受けます。
実例として。
ここ数年フィリピン協和国内での離婚手続きについての問合せが大変多くなりました。
外国人との離婚手続きの方法が大きく変更になった事が理由です。
また、離婚手続きを安易に考えていた方々が、再婚や遺言・相続等の次の手続きに大きく関係することを理解してきた(高齢化してきた。)のも一因かと思います。
2014年の1年間を当事務所のみの統計ですが例にすると、約100件の電話とメール相談がありました。この内複数回遣り取りを行ったのが50件です。この50件の内、無料面談までいったのが40件です。当事務所から見ての業務にまで進んだのが2件です。
フィリピン国内にて弁護士との業務開始が1件、日本国内にて業務開始が1件です。現在継続しているのはフィリピン現地まで出向いて、現地弁護士との協議を開始し、精神鑑定まで済ませた1件のみです。
当事務所は無料相談に力を入れています。それはフィリピンでの行政・司法手続きの実態を十分に理解してから委託して欲しいからです。
無料相談を行う方の中には何処で仕入れた情報か不明ですが、費用や時間や手続きの手間に関して、法外な情報をお持ちになる方もおります。
また外国人の無料相談希望者に多いのが、XXX事務所ではこう言っていた。XXX弁護士はこう言っていた。と他の事務所や先生と比較して、見積もり費用や手続きの目論見に優劣をつける方がおり、ご自身と当事務所の目論見が合わない場合に非難する方です。
無料相談の範疇ですので、相性が合わない場合は次の先生をお探し下さいとしか言いようがありません。
2014年中に偶然ですが3件続いたケースです。フィリピン以外の外国に住む日本人の方が、同じ国で働くフィリピン人と結婚したい。ついては居住国で相談したい。全く同じケースで離婚したい。日系米国人の方が日本国籍の親族の相続手続きについて相談したい。これらは、無料出張相談を希望してきたケースですが、旅費交通費のみは実費ご負担頂いております。
(続く)