私は日本人になりました。

2008年01月16日に投稿した記事ですが、ユーチューブに投稿された尖閣諸島における海上保安庁のビデオを見て思い出したので、再投稿です。

何年も前からこの問題は起きていたのに、我々を含む日本人は真剣に捉えていなかったのですね。


15年以上前と記憶しているが、当時香港に本社を置いて東南アジア全域で商売をしていた時の話である。

とある日曜日の午後、香港島にある公園を横切ろうとしたとき、香港人(中国人)の集会があり、尖閣諸島の帰属問題で日本叩きのアジ演説をやっていた。

その横で通り過ぎる人達に何かを指示していた。アスファルトの路上に2mX3m位の大きな日の丸を置き、その上を歩かせていたのだ。

殆どの人が無関心な風情で日の丸を足蹴にしていた。決して嬉々として踏んでいた訳でもないが、踏んで通り過ごして行った。

どこの国へ行っても現地人と間違われる日本人らしくない私にも、踏んで通れと言った。

私には出来なかった。躊躇する私を不思議そうに眺めて人達に、ウォーシーリーベンレン(俺は日本人だ)と言って来た道を引き返した。



この初めての経験を通して、その時から私は本当の日本人になった気がした。私は日本人だと思うようになった。愛国心というものを知った。

長年海外で商売をしながらも、日本人であるという強い自覚を持って生活していたわけでもなく、東京人の私にとっては大阪や福岡で仕事するのと同じ感覚で、香港やバンコクで過ごしていたのだ。



普段我々は日の丸や君が代に強い関心が無い。

空気と同じで存在していて当たり前で、それが他者によって陵辱される場面など想像すらしたことが無い。

平和ボケ日本人といわれる由縁かも知れないが、平和ボケこそ最大の幸せであるともいえる。

こんな日本人である我々が他国の国旗を踏み付けたなんて話しは聞いた事が無いが、私が知らないだけだろうか。



世界には200カ国の国があり、200個の生活と都合がある。

やらなければならない事、やってはいけない事、それぞれが違うのだろう。

私は他者の価値観には寛容であろうと努力している、よって当然に私の価値観を批判されたくはない。

区別は尊重すべき事であり、理解は相互にすべき義務なのだ。

ただ同意は別だ。

好き嫌いもあるし、こちらの都合もある。

同意や承諾は強制されるべきものではない、私自身で決定する事だ。

この理解と同意を混在して考えてしまうと間違いが生じるのだ。



外国人の方々にお願いしたい。

日本国に対して好き嫌いを口にする事は大いに結構です。

その思いを自分たちの方策で世界に向けて喧伝するのも結構です。

でもそんなに嫌いな日本にわざわざ来て、日本人並みの権利など要求しないで欲しい。

日本の法律をわざわざ破りに来日しないで欲しい。

ましてや参政権などもっての外だ。

日本国は手続きさえ整えば帰化を受け付けています。

日本人と比べて差別されていると主張するならば日本人になりなさい。

自国の民として文化や矜持を保ちたいならば自国に帰って好き勝手やって下さい。

私の知る限り世界中どこの国でも、自国民と他国民との権利に差を設けています。

当たり前の事です。

日本国政府は日本国民の生命と財産を守る事が任務なのですから。